Keap1-Nrf2制御系による生体防御反応
 
生体は、多くの解毒代謝酵素反応により毒物を無毒化して排泄する代謝経路を備えています。第I相解毒代謝酵素群(例:P450)および第II相解毒代謝群(例:GST)やトランスポーター(例:MRP)の多くはそれぞれ、転写因子である多環芳香族炭化水素受容体(AhR)とNrf2によって遺伝子レベルで発現が制御されています(図)。

皮膚特異的AhR活性化(AhR-CA)マウスは、環境ストレスに恒常的に曝露された状態を模倣しています(Tauchi et al. 2005)。我々は最近、AhR-CAマウスは神経成長因子アルテミンの上昇によりアトピー性皮膚炎を発症することを明らかにしました(Hidaka et al. 2017)。この研究は、PM2.5などの大気環境物質とアトピー性皮膚炎の相関や、アトピー性皮膚炎に対する新たな治療薬の開発に役立つと期待されます。

Nrf2はこれまで、上述の解毒代謝酵素群の遺伝子発現を制御することが分かっていましたが、転写因子のDNA結合部位や遺伝子発現を網羅的に解析するChIPシークエンスやRNAシークエンスによって、Nrf2の新たな標的遺伝子として基本代謝酵素(Mitsuishi et al. 2012)や、炎症関連遺伝子(Kobayashi et al. 2016)が見つかりました。がん細胞の中にはNrf2が異常に活性化した細胞が多数見つかっています。Nrf2が活性化したがん細胞は、薬剤として投与した抗がん剤を異物(毒物)とみなして、抗がん剤の解毒代謝を促進して細胞外へ排泄してしまいます。我々は、新たな抗がん剤として「Nrf2阻害剤」の開発に挑んでいます。

私達は最近、ゲノム編集技術により、新たな実験動物としてNrf2欠失ラットを作出しました(Taguchi et al. 2016)。これまでにNrf2欠失マウスを用いてNrf2が多くの毒物の解毒代謝に関わることが報告されましたが、アフラトキシンB1によるヒト肝発がんはマウスで再現することができません。ラットの利点を生かして、マウスでは不可能な実験モデルにNrf2欠失ラットを適用することで新たな研究の展開を目指しています。


図 転写因子AhRとNrf2の生体における役割

 

研究業績 
AhR恒常的活性化マウス
Tauchi M et al. (2005) Constitutive expression of aryl hydrocarbon receptor in keratinocytes causes inflammatory skin lesions. Mol Cell Biol 25:9360-9368

AhRの恒常的活性化とアトピー性皮膚炎
Hidaka T et al. (2017) The aryl hydrocarbon receptor AhR links atopic dermatitis and air pollution via induction of the neurotrophic factor artemin. Nat Immunol 18:64-73

炎症とNrf2
Kobayashi EH et al. (2016) Nrf2 suppresses macrophage inflammatory response by blocking proinflammatory cytokine transcription. Nat Commun 7:11624.

基本代謝酵素群とNrf2
Mitsuishi Y et al. (2012) Nrf2 redirects glucose and glutamine into anabolic pathways in metabolic reprogramming. Cancer Cell 22:66-79

Nrf2欠失ラットとアフラトキシンB1解毒代謝
Taguchi K et al. (2016) Generation of a New Model Rat: Nrf2 Knockout Rats Are Sensitive to Aflatoxin B1 Toxicity. Toxicol Sci 152:40-52

ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」
http://www.anim.med.kyoto-u.ac.jp/nbr/default_jp.aspx
Nrf2欠失ラット:F344-Nfe2l2em1Kyo(Δ7型)、F344-Nfe2l2em2Kyo(+1型)

総説
Taguchi K et al. (2011) Molecular mechanisms of the Keap1-Nrf2 pathway in stress response and cancer evolution. Genes Cells 16:123-140

田口恵子(2014)Keap1-Nrf2システムと毒物の解毒・排泄(第2章3節)「毒性の科学—分子・細胞から人間集団まで」28-33, 東京大学出版会

田口恵子、山本雅之(2014)Keap1-Nrf2システムによる酸化ストレス・親電子性物質応答機構(第1章基礎編7節)「酸化ストレスの医学改訂第2版」53-59, 診断と治療社


プロジェクト一覧へ戻る
[編集]
CGI-design